青い雨 blue rain

香港 街角それぞれのストーリー

挿話- 上街

朝からぐずっていた天気も昼頃になると少しずつ晴れてきた。初夏の太陽に明るく照らされた街には家族連れ、カップル、学生たちが溢れている、そのほとんどが黒いTシャツを着て白い花を持っている。MTR駅に向かって歩いている人波は家族連れ、小さな子供連れも多い。そう今日は父の日そして六十六デモその日。駅周辺では、高齢のカップルが白い花束をもった孫娘に”気を付けていってきてね”と声をかけ見送りをしている。今日という日が、平和に無事に終わってくれることを世界が見守り、家族皆が願っているそんな日。午後3時にビクトリアパークを出発したデモ参加者の数は、主催者側の発表で200万人。世界をみてもこれほどの規模のデモが過去あったのだろうか。整然とした黒い人波がヘネシーロード六車線をいっぱいに埋め尽くし、硬く黒い氷河のごとく一歩ずつゆっくりと金鐘政府庁舎ビルへと向かっている。美しい夕暮れ

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回想9-連絡

土曜だというのに今日はひとりモンコック、麺屋一京で静かにラーメンを食べている。麺の上に豪快に載ったチャーシューを頬張りながら携帯電話の画面をチェック、数十秒前にみた画面をまた無為にみている。朝からその繰り返し。よっぽど暇なのかSNS依存かかだ。いやそれもあるが、今日は特別落ちつかない。僕の彼女は警官をやっている。いつもwhatsappや電話で取り留めのない会話やチャットをしている僕たちだが、ここ数日は簡単なチャット程度以外ほとんどやり取りがない。テレビやネットでは頻繁に警官とデモ隊の衝突が報道され、警官も24時間現場配置、路上ですわったまま仮眠をとっている姿が報道されている。彼女も現場にいるのだろうか?昨日からは電話も繋がらないようだ。メッセージは既読になっているものもあるが、返信はない。大部分の報道、SNSのニュースでは、警官隊が圧倒的な装備と武力でデモ隊を制圧しているものが多いが、一部ではデモ隊が歩道のレンガを掘り返し、それを警官隊に投げているという話も聞く。現場に行って彼女の安否を確認したい衝動にも駆られるが、行けば行ったで僕自身がデモ隊の一部となり警官隊しいては彼女と対峙することになりかねない。彼女がどんな気持ちで警備についているのか?未だ聞いていなかったが、また落ちついたらそんな話をしたいもんだ。まずは無事に平和にことが収束していくことを望む。

 

また携帯の画面をみる。メッセージは無し。だが最新のニュースで行政長官が声明を出したようだ。条例改正法案提出延期。まずは、社会の安定、亀裂修復が最優先課題ということらしい、ひとまず真っ当な考えに安心する。ここにきて、法案どうこう以上に六・十二の警察の対応が問題視されている、そういった報道がふえている印象もあるので、まずは事態の収束を測りたいところだろうか。そこに彼女からのメッセージが ”今晩話したい。会える?”少し嫌な予感を感じつつ、”ok” とだけ返信。 すっかり冷えた切った麺とスープを無理矢理すする。

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回想8- 被弾

かつて学校で教えていたときのある生徒がいる。警察を正しい方向に変えるために、警察に入るんだと私に熱く語ってくれた、まっすぐな目をした小柄な青年だった。そして、今日は2019年6月12日、長い間対峙している警官隊の中から鋭い視線を感じ、急にあの時のことを思い出した。今まさに私にむかってゴム弾の銃口を向けているのは彼なんじゃないかと思い始めたその瞬間、私はゴム弾で頭部を撃たれて地面に倒れこんでいた。撃たれた瞬間がフィードバックする、彼の表情まではよく見えなかったが目は合っていた。彼は私だと気づいて撃ったのだろうか。私を”暴徒”の一人として成敗したのだろうか。善だ悪だというつもりはない。まして私の立っている側が善で、彼の立っている側が悪だというつもりもない。ただ私は教育者として、彼に何を教えてあげられたのだろうか。これは私が彼に教えたことの結果なのだろうか。と少しばかり悔しい気持ちになる。組織の意向に沿っただけ、正義のため、問題を解決するため、自分たちが傷つけられそうだったから、他人を傷つけた。そういうことかもしれない。それはあまりに単純すぎる。世界はもっと複雑なんじゃないか、というとことを当時大人になっていた私たちが子供たちと一緒になって探ったり見せてあげたかったなと思う。それでも撃たれていたかもしれない。でも頭じゃなかったんじゃないかと思う。きっと空に向かって撃ってくれていたんじゃないかと。

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回想7- 六・十二後

金鐘 Island Shangri-la 56階 Horizon Lounge 。出されたコーヒーを飲みながらすこし外に視線を向ける。約束の時間よりだいぶ早く来てしまった。対岸の九龍半島を眺め、手前には香港政府新庁舎、すこし離れて香港警察本部建物が見える。初めて来た感じがしないこの場所の不思議な心地良さに時間をわすれ ただ窓の外に広がる爽やかな香港の朝を眺め続けた。

香港警察本部内に2つある食堂を管理していた支配人を昨日付けで辞めた。仕事は充実していたし、36歳の時に転職してもうすぐ2年たつところだった。デモ前夜の6月11日は夜勤だった。朝までに翌日の警官隊用の食事の準備を済ませ早朝帰宅。警官隊がデモ隊に向けて催涙ガス、ゴム弾等を発砲している場面をTVで見た。そして次の日、辞表を提出した。昨日TVをみてからいったん寝たそして少し泣いた。彼らのために食事を作る仕事、作っている自分、もうこの仕事はできないだろうと思った。だいたいの警官はごく普通の人で、彼らはいつも礼儀正しかった。いつも笑顔で挨拶してくれる人もいた、いい人たちだった。だけどやはり別の顔もするんだなと思った。善悪の話でなく、ただ単純に。食堂にいるときの顔と、現場にいるときの顔。いろんな顔。

 

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回想6- 再びデモ前夜

清水湾のビーチに寝ころびながら、家族連れ、カップルや若者グループが午後の一時を過ごしている光景を遠巻きに眺めている。そして、それぞれボーティングパーティが開かれているのであろう、沖には20艘以上のクルーザーが停泊している。平和な風景と本格的な夏の香り。

この爽やかで平和な光景とは裏腹に、私の頭の中はずっと別のことに支配されている。このビーチで寛いでいる人が明日のデモに参加するのだろうか・・・ひたすら日焼けに専念中の髪を金色に染めている二人と やせ型秀才風の学生との不思議なチーム三人組。日焼けしたTATOOな背中を露わにしたカップルは、彼女の知人がクレジットカードをなくしたという話を、アサヒ・ビールを飲みながら遠い目をしている彼氏が聞いている。留学生の集まりだろうか多国籍男女にぎやかなチーム、四世代で来ているのであろう大所帯家族連れ、みなそれぞれに楽しい時間を過ごしているのだろう、その表情からはこの町の未来への憂いについては何も感じ取れないが、嵐の前の静けさのようにも見える。そしていつもは大人しい清水湾の海が今日はだいぶ波だっているようにも思える。

警察からはまだデモ開催の許可が出ていない。明日は前回のものより大きなデモが計画されている。六・十二で警察がデモ相手にとった行動、そして政府がデモ隊を“暴徒“と言及したことが各方面で批判されている。デモに参加する人は黒いシャツをと告知もあった。前回は白で今回は黒。なにか悪いことが起こらなければ良いと思っている。何か起こってはいけない。今の政府のデモ隊への対応をみているとそんな気持ちになる。

 

そして、本日午後、逃亡犯条例改正案の提出延期を政府が発表した。

 

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回想5 - 月夜

昔からヒーローものは好きだった、そして何より親父が警官だった。小さい頃は、町のみんなのために働き、みんなに尊敬されている親父に素直に憧れた。親父からは、警官になれと言われたこともないし、物心ついた頃からはまさか自分が警官になるとも思ってもみなかった。それは、 不器用で頑固、亭主関白な親父が休みなく働きまわり、たまに帰った夜には1人でソファに埋まりながらずっと眠たそうにテレビんみている姿をずっとみていたから。一緒に住んでいても、親父との思い出は数えるほどだった。だから、俺が警察? まあ成り行きだろう。今は彼女もいないし、幸いなことに仕事への情熱もない。こうして快適な宿舎にも住める。そう、だから警察。あれだけ反発していた親父と同じ道を歩くことになるなんて、まさに成り行きだろう。少しだけ残った缶ビールを苦々しく飲み干しベットへと向かう。寝室の窓の外には 高層建築群と九龍と新界をわける山並みがよく見える。少し蒸し暑い三日月が綺麗な夜だった。

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回想4‐ 離島

 

 

田舎の中学校時代の友人と香港に来ている。田舎をでて別々の大学にいった二人は時々、こうして旅行したりお互いの近況を報告しあったりしているわけだ。昔からいつも思うのは、この二人がつるむとどうしても主流の場所から別の方向へ流れていくそんな傾向があるのだ。今回も二人とも初・海外、初・香港旅行だというのに、すっかり定番スポットを外し、なぜか香港島からフェリーで30分のところにある離島・坪州島に来てしまっている。明日には日本に帰国する予定の二人、異国の小さな漁村ですっかりやることがない二人は 海沿いの民宿、パイプベットに寝転んでテレビをみている。

2019年6月12日・水曜日。テレビでは、香港島中心部で今まさに行われている反送中デモの2回目の衝突。市庁舎前で催涙ガスとゴム弾装備の警官隊と、かたやヘルメットに雨傘装備のデモ側とが激しくもみあっている様子が繰り返し映されている。日本のヤフーニュースによるとこのデモを手動しているのは若者・特に大学生というようなことも言われている。

いまこの同じ時間に香港にいる大学生で、離島の古ぼけた民宿でパイプベットに寝転んで呑気にテレビみている輩と、かたや香港の未来を信じて市民103万人デモを主導、 今こうして警官隊ともみ合っている黒縁眼鏡の小柄で武骨なリーダーがいるわけだ。これはどう考えても おかしい。やはり俺たちもこのデモに参加しないといけないのでは?という気がしてくる。男ふたり漁村でやることが無くて暇だからか? いや若者が未来を信じて政府に抵抗している姿が単純に心打たれたからか?香港にはただ今の始めてたまたま近かったからというだけで旅行にきて、そしてこのデモがなんのためのデモなのかもよくわからないのに、デモに参加するのか?怪我をしている人もいるようだ、平和的な解決方法はないか?考え出すといろんな葛藤はあるのだが・・・とりあえず、フェリーにのって香港島に戻ることにしたんだ。フェリーからみる島は夕日に照らされて吸い込まれるくらい綺麗だった。若者は何に抗いたいのか。いや若者だけじゃない、デモ側にはたくさんの女性や中年高齢様々な人がいた。

 

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